岩井克人『会社はこれからどうなるのか』(平凡社)後半

岩井克人の『会社はこれからどうなるのか』について、前回、前半をまとめた。

この本は、会社の存在や日本の会社、資本主義、労働者のことについてなど、広範な内容を独自の視点から整理しているもので、非常に分かりやすく勉強になる。

とは言え、内容が講義形式で発展していくため、順番に理解していかなければ内容が分からなくなる点もある。

前半のまとめについては、以下の記事に書いている。

岩井克人『会社はこれからどうなるのか』(平凡社)前半

それではこれから、後半の内容についてまとめる。

なぜ日本の会社は日本型になったのか

前回の記事では、日本のサラリーマンには組織特殊的な人的資産を蓄積する傾向があり、その理由は、日本の企業は戦後、株式の持ち合いで外部からの支配から免れてきて、その結果として長期雇用や豊かな福利厚生を実現していたこと、サラリーマンは会社にいるほど自分の価値を発揮できるため、会社と運命を共にする姿勢を持つようになったことをまとめた。

では、日本企業はなぜこのような「日本型」になったのか。

それを理解するためには、日本の会社の歴史を確認する必要がある。

戦前〜戦中の日本経済

日本の会社は、戦前、ピラミッド型の財閥としての構造を特徴としていた。一族で持ち株会社を支配し、持ち株会社は数多くの会社の株を保有して支配する。

これが、戦前にとあるきっかけから変化する。それは、ナチスの国家社会主義、ソビエトの計画経済体制の出現とそれによる発展である。世界大恐慌の中でこれらの体制の国家が発展したことで、日本の官僚の意識にも変化が現れる。

とくに、マルクス経済学の影響を受けた革新官僚を中心として、日本経済を官僚主導の統制経済的な方向にもっていこうという動きが出てきたのです。

太平洋戦争に入ると、国内の生産力を高めるために、国内の経済を総動員させる必要性が出た。そこで、財閥家族の支配が制限され、専門的な経営者の力が強まることになった。また、軍需産業には指定銀行、メインバンクが割り当てられた。

こうして日本の戦後経済の構造が基礎付けられたのだが、他の国家と異なり、日本は戦後も株主主権が復活しなかった。

戦後の財閥解体

株主主権が復活しなかったのは、アメリカによる財閥解体が原因であった。

財閥が解体されると、持ち株会社やその支配一族がいなくなり、株は従業員を中心に売却されて分散された。しかし、従業員に株が分散している状況は長続きせず、経営者はメインバンクを中心とした株式持ち合いの仕組みを作った。それも、外国人からの乗っ取りを回避するために、官僚主導で行われた。

その結果、60年代には日本型の会社のシステムが形成された。

そんな日本型の会社システムの特徴は、よく言われるように以下のようなものだ。

  • 終身雇用制・・・終身雇用制が観光になったことから、従業員は安心して長く働け、組織特殊的な人的資産に投資するようになった。
  • 年功賃金制・・・従業員は、労働契約法上いつでも辞められるが、会社は早く辞められると困るため、年功賃金制度を導入して、長く勤めるほど得をするようにした。
  • 会社別組合・・・上記2つの仕組みがある日本では、同じ会社の人間と利害が一致しやすいため、産業別ではなく会社別の組合が作られた。

このように見ると、もっとも根源的な仕組みは、組織特殊的な人的資産を形成しやすい終身雇用制であると思われる。

では、そもそもなぜ組織特殊的な人的資産が必要とされるようになったのか?

そのきっかけは、第一次世界大戦後の世界的な供給不足時に、日本が重化学工業化をすすめたことであった。急速に重化学工業化を進めようとしたため、熟練工、技能士が不足した。会社は自前で養成しなければならなくなったが、養成しても会社を辞められたら損失が大きい。

そこで、終身雇用制と年功賃金制を導入することで、会社から離れないようにしていったのであった。

※とは言え、終身雇用制が一般的に知られるようになったのは、1958年のジェームス・アベグレンの『日本の経営』の出版からであり、それ以前は実態として存在することが一部の研究者に知られるのみであったと言う。ただ、この出版から一般的に知られるようになり、その後70年代に解雇規制として制度化された。

資本主義の変化

『会社はこれからどうなるのか』は、前半はタイトルの通りの話というよりは、会社の仕組み、日本型の会社やサラリーマンについての話が大半だった。しかし、後半4割くらいになってから「会社はこれからどうなるのか」という本題に近い話がなされていく。

まずは資本主義についてだ。

資本主義は、以下の流れで変化、発展してきた。

  1. 商業資本主義・・・古代からある、市場間の価格差を利用して利潤を生み出すもの
  2. 産業資本主義・・・産業革命後の資本主義で、労働生産性と実質賃金率との間の再生を利潤の源泉にするもの(生産性と実質賃金が同じでは利潤が出ないため)
  3. ポスト産業資本主義・・・新しさにしか価値がなく、新しさが利潤の源泉である資本主義

すべての通じるのは、差異性が利潤の源泉であり、その差異性の中身が市場間の価格差から労働生産性と実質賃金率へ、そして「新しさ」へと変化しているということ。

資本主義が資本主義でありつづけるためには、今度は、意識的に差異性を創り出さなければならなくなったのです。

現代はポスト産業資本主義のまっただ中なのだが、ポスト産業資本主義の特徴は「意識的に差異性を創り出す」必要があることである。差異性(新しさ)を創り出すことで、一時的にでも独占的な利益を得ていく。

この流れと、現代を特徴付ける以下の潮流は構造的な関係がある。

  1. IT革命
  2. グローバル化
  3. 金融革命

IT革命

IT革命によって情報そのもの(ソフトウェアなど)が商品になった。情報が商品として価値を持つためには、他の情報と必ず異なる点がなければならない。したがって、情報を商品にして利潤を得るためには、常に新しさを更新していかなければならなくなった。

逆に、新しい情報には価値が生まれるため、新しい情報を生み出すために技術に投資され、発展させられる。つまり、IT革命・情報技術の発展は、ポスト産業資本主義化と相互に発展させ合う関係にある。

グローバル化

ポスト産業主義社会では、産業予備軍(産業主義社会を下支えした割安な労働力)が不足する。

国内の農村共同体に存在した労働人口を使いつくし、国内では割安な労働力が得られなくなるため、産業資本主義的な企業は国境を越えて安い労働力を探し、また国境を越えて販売する。

その結果、貿易や資本の流れがグローバル化した。

金融革命

産業資本主義時代は、大量の資本を機械に投資すれば、安価な労働力さえあれば利潤を手に入れることができた。しかし、ポスト産業資本主義時代には、それができない。

つまり、お金の支配力が下がっている=お金の価値が下がっているのだ。

そのため、お金の所有者は少しでも高い利潤を得るために、わずかでも有利な投資先を探す。IT革命、グローバル化と相まって、資本は世界中を飛び回るようになる。また、金融商品は複雑になる。

このように、IT革命、グローバル化、金融革命は、それぞれポスト産業資本主義の時代の構造として存在している。

日本型資本主義の形成

では、日本ではどのように資本主義が形成されてきたのか?

日本では、産業資本主義の時代は1970年前後に終わったと考えられる。それは、農村の産業予備軍が枯渇し、安価な労働力が国内でまかなえなくなったからだ。高度成長が終わったのも60年代の後半であった。

しかし、日本の経済の実態は、80年代の後半まで成長していて、それは「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われるほどだった。なぜ産業資本主義の時代が終わっても成長できたのか?それは、日本は単に海外の先進国に技術的に遅れていたため、70年代以降も海外技術の模倣で生産性を高めることができていて、「生産性>実質賃金率」の構造を維持できていたからなのだ。

しかし、それも80年代後半になって行き詰まった。それから、ポスト産業主義の時代に移行を迫られるようになったのだ。

ただし、日本はその後スムーズにポスト産業資本主義に移行することができなかった。

それは、海外の流れと比較するとよく分かる。

アメリカのポスト産業資本主義化

アメリカでは、60年代から産業資本主義的な稼ぎ方(機械制工場の所有)で稼げなくなってきたことから、M&Aが盛んになった。これは、ポスト産業資本主義化の萌芽であった。

アメリカはポスト産業資本主義に移行する上で、絶不調期を経たため、その時代に、産業資本主義的に成長していた日本が相対的にナンバーワンになったように見えたのがこの時代だった。日本経済は変化に遅れていたのである。

しかし、アメリカはいち早くポスト産業資本主義化に成功して、天文学的な売上げをあげるグローバル企業をいくつも生み出した(いわゆるGAFAなど)。

一方で、日本はポスト産業資本主義化に遅れるどころか、未だに移行しきれていない。

日本がポスト産業資本主義に乗り遅れている理由

日本がポスト産業資本主義に乗り遅れているのは、日本の企業が産業資本主義的な時代に適応しすぎたからであった。

そもそも、産業革命には、

  1. 18世紀後半の、イギリスにおける繊維工業の機械化(第一次産業革命)
  2. 19世紀後半〜20正規前半の、アメリカ、ドイツを中心とした重化学工業中心の技術革新(第二次産業革命)

の2つがあったと言われている。

第一次産業革命より、第二次産業革命の方が、大規模な機械設備を必要とした。

その結果、

  • 株主の支配力が弱まった:大量の資本(お金)を必要とし、少数の家族による会社の支配から、大衆からの株式による資金調達に移行したため
  • 専門経営者、熟練労働者が登場した:投資が巨額になり、機械設備の高い稼働率を維持しなければならなくなり、その結果、専門経営者や熟練労働者が必要とされたため

特に大事なのが、専門経営者や熟練労働者が登場したことで、彼らの組織特殊的な人的資産が、産業資本主義社会の発展に大きな役割を果たした。

日本は、株式持ち合いで外部から支配されない環境をつくり、その中で終身雇用、年功賃金、企業別組合を作り、専門経営者や熟練労働者が組織特殊的な人的資本に投資できるように環境を作り、維持してきた。

そのため、日本は他の国に比べて、産業資本主義に強く適応してしまい、その結果ポスト産業資本主義への移行が難しくなったのである。

ポスト産業資本主義時代の会社

産業資本主義時代は、機械性工業と、専門的な経営者や熟練労働者が持つ組織特殊的な人的資産による機械の補助が、会社の中核であり価値の源泉であった。

では、ポスト産業資本主義時代の会社は、どんなものになるのか?

著者はこの問いについて、自らの観察から次のように論じていく。

会社はすべてが標準化される中で差異性を生み出さなければならない

まず、ポスト産業資本主義の時代では、モノ、カネ、情報などすべてが標準化されていく傾向にある。

  • モノ:世界中で同じ製品が生産、流通する
  • カネ:金融商品が分業化され、資金が大量供給されるようになった
  • 情報:インターネットで誰もが情報にアクセスできるようになった

このように、すべてが標準化される社会の中で、それでも差異性を作り出していかなければならないのが、ポスト産業資本主義なのだ。

いや、差異性から利潤を生み出す資本主義とは、差異性を媒介することによって、自らの存立基盤である差異性それ自体を消し去っていくという本質的な矛盾をそもそもはらんでいるのです。ポスト産業資本主義とは、資本主義の純粋形態であることによって、その矛盾を純粋に体現しているだけなのです。

コア・コンピタンス

ポスト産業資本主義の時代では、生産設備の規模や流通ネットワーク、資金調達の方法などから、企業は基本的に自由になる。

企業は、差異性を創り出すこと、それによって利潤を拡大していくことだけに集中できるのだ。

ポスト産業資本主義時代では、多くの製品や技術がオープンアーキテクト化されていく。そのため、企業はオープンアーキテクト化されない独自性を築いていかなくてはならない。

この独自の差異性を創り出す、企業の能力のことを「コアコンピタンス」という。

それは、結局、それぞれの会社組織が蓄積してきた固有の資産、とりわけその知的資産のことを指しています。

それも、激しく変化し続ける現代社会の中で、一つの技術について優位性を持っているのではなく、常に新しい優位性を創り出し続けることができることが必要とされる。

コアコンピタンスを創り出すために、企業は、

  • 大企業が不得意とするニッチな市場を開拓する
  • 独自の製品・サービスを効率的に創り出すために、少数の取引先と長期的な関係を築く

などの努力をしていく。また、知識、人的資産に投資して、コアコンピタンスを磨き上げる努力をする。

人的資産がコアコンピタンスとなっていくことは、株主主権を弱めることにもなる。

カネの価値の低下

コアコンピタンスのほとんどが、知識資産の価値である。

それだけ知識資産の重要性が高くなっているのである。その結果、カネの価値は低下している。

繰り返しになるが、産業資本主義の時代は、カネがあれば機械制工業に投資し、安価な労働力を投下することで、比較的簡単に利潤を得られた。

しかし、ポスト産業資本主義の時代は、カネにできることは、経営者や従業員に最大限能力を発揮してもらうように、インセンティブを提供することしかできない。

つまり、カネの提供者である株主の能力が低下しているということだ。

コアコンピタンスの強化のための制度

ポスト産業資本主義時代の会社は、コアコンピタンス強化のために人的資本に投資しなければならない。しかも、情報が簡単に標準化してしまう現代では、情報を囲い込んでしまう必要がある。

逆に、中核的な人材が流出してしまうと、その企業が持つコアコンピタンスが失われてしまう。

そのため、企業は中核を担う人材を囲い込む必要がある。

しかし、単に高い報酬を与えるだけでは、それ以上の報酬を提示されれば人材は他社に移ってしまう。

そこで有効な選択肢になるのが、一定期間勤めないと現金化できない企業年金、退職金、従業員株主制度、株式オプション制度などである。つまり、戦後日本の企業が取り組んでいた仕組みが、ポスト産業資本主義時代の会社に必要とされるのだ。

コアコンピタンス強化のための企業文化

また、そのような仕組みを使わないで、企業に囲い込む手段もある。

それが、組織特殊的な人的資産を蓄積させることだ。

ポスト産業資本主義的な時代では、その企業固有の差異性を生み出す仕組みが必要である。なぜなら、創業者の才能や技術力だけでは、企業を存続させることができないからだ。

従業員に組織特殊的な人的資産を蓄積されるほど、従業員はその企業でなければ高い価値を生み出すことができなくなり、その組織を離れがたくなる。

整理すると、ポスト産業資本主義時代の企業は、

  1. 差異性を意識的に創り出すため
  2. 従業員に組織特殊的な人的資産を蓄積させるため

という2つの理由から、より個性的な「企業文化」を形成する必要に迫られている。

しかし、従業員にとっては、長く働くほど得するような仕組みのもとで組織特殊的な人的資産に投資しても、後から企業から約束を反故にされるリスクがある。そんなリスクがあれば、従業員は一つの会社で働き続けようと思えない。

そのため、ポスト産業資本主義時代の企業は、従業員が安心して働けるように、株主から会社がコントロールされないように防衛する役割を持つ。

すなわち、会社という制度が、オーナーや支配株主といったおカネの供給者の利益を増進するための道具から、逆に、専門経営者や工業技術者や熟練労働者の組織特殊的な人的資産をまさにオーナーや支配株主の簒奪から防衛する垣根へと変わりつつあるのです。

このようなポスト産業資本主義時代のシステムは、かつての戦後日本企業の持っていた、日本型の雇用システムと同じ構造を持っている。では、なぜ日本企業はポスト産業資本主義時代に活躍することができないのか。

それは、日本企業は、従業員の創意工夫を生み出すような、ソフトなインセンティブ(働く環境など)を作れていないからだ。

後半まとめ

『会社はこれからどうなるのか』は、インタビューをもとにして書かれた本であるため、論文のように一つのテーマを深掘りしているというより、複数のテーマが折り重なるような構造になっている。

よって、読んでいて途中で分からなくなることもあった。

しかし、やはりこれからの社会や会社、資本主義を考える上での、構造的な学びを得ることができるとても良い本であると思った。

後半をまとめると、以下のようになる。

  • 日本型資本主義が生まれたのは、財閥解体にきっかけがあった
  • 資本主義は「商業資本主義」「産業資本主義」「ポスト産業資本主義」と移行してきている
  • ポスト産業資本主義の時代は、モノ、カネ、情報が標準化する中で、意識的に差異性を創り出していかないと会社は生き残れない
  • 日本がポスト産業資本主義の時代に乗り遅れているのは、日本が後期産業資本主義の時代に適用しすぎていたから
  • 差異性を創り出す源泉であるコアコンピタンスは、日本型雇用システムや、それを土台にしての組織特殊的な人的資産への投資によって形成される
  • ポスト産業資本主義の時代では、より個性的な企業文化を形成できる企業が成長できる

 

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